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2019/12/31

2019年の振り返り 日本を出てカナダに住んでみるということ

vancouver

今年は去年の振り返りと抱負にもあった通り大きくは日本を出てカナダで挑戦する年でした。 ブログを書く精神的、状況的余裕も全然なかったので勝手に一年を時系列で振り返って行こうと思います。

まえおき

昨年の秋頃に突如カナダへのワーホリへ年齢制限ぎりぎりで行くことを決めて、資金面、英語面で十分な準備もできていないまま突撃しました。

理由としては主には下記の通りでした。

  • コードを書く場合にコードは英語なので英語圏のほうがレベルが高いのでは
  • 日本ではかなりスキル幅が広く会社にいるような気がするが、海外の場合はクビにもできやすいのでもっとレベルの揃った人ったちと働けるのでは
  • 日本の将来に対する漠然とした不安(主に少子化)から逃げ先を見つけたほうが良いのでは

上記理由からワーホリのワーク側を主とした目的で、就職とビザの取得が主なターゲットとしていました(います)

諸々と振り返りではあるものの海外に移住したら自分はこうだった、という体験をシェアしたいので経歴を晒しておきます。

  • 2年専門卒(音楽系)
  • 高卒はお金払って手にしたに近い
  • ゲームサウンド系8年
  • Webは3-4年(ワーホリはWebで狙う)
  • 英語は言い出し時点中学からやり直せレベル 出発時点 高校からやり直せレベル

また、全体的に「カナダ」と書いてますが「カナダ(バンクーバー)」です。

1月から2月 一人での挑戦から二人での挑戦へ

昨年にカナダと言い出した時に付き合っていた彼女(現妻)がおり、日本から離れるということに対しては猛反発されていました。
家ではその話はNG、というくらいにはネガティブな感触を持たれてしまい、当初は一年一人で挑戦してビザを取れたらその時に改めて海外で住むということについて検討し、取れなかった場合は1年で帰る、という話をしていましたが、色々話し合った結果一緒に行くことになり入籍しました。

色々と準備できていないのは当然ですが同じで資金面・英語共に未だに二人して苦労しているのと、日本では喧嘩は0でしたが、本当に最近は多いです…というくらい余裕がない生活を送っています。 よく「連れてきて不幸にしてしまったかもしれない」、「ついてきて失敗だったかもしれない」とお互い口に出るくらいには深刻に喧嘩していますが、頑張っていきたいです。

1月から2月は入籍に対してのご両親への挨拶や両家顔合わせ、その後にフィリピン学校に対する学校や航空券申し込みとその手配、パスポートの準備などなどを仕事をしつつこなしていました。 自身の両親に対しては信じられないとか言われつつ妻側の両親には割と反対はされず…ということでなんとか乗り越えられました。

一方で英語は中々モチベーションがなく、通勤時間やスキマ時間にちまちまやっていましたが主にはGithubに草を頑張って生やしていました。

3月から4月 準備

この頃から色々と平日に予防接種にいったり、市役所にいったり、歯医者にいったり…と平日こなす用事が多くなり、仕事を週4に調整させて頂きました。 その一方で在宅で別の仕事を受けたりでお金をためたりでばたばたしていました。

予防接種は何を受けたかすぐに思い出せませんが、2回指定された期間で受診して注射を3本くらい一回に打たれました。 筋肉注射はその時全く痛くないもののあとで結構痛くなります。費用は一人辺り10万円弱くらいかかったような気がします。(それでも完全ではない感じ)

あとは家の引き払いにあたり物がすごく多いタイプだったのでひたすらメルカリで売れそうなものを売りまくっていました。

5月 準備と出発

この月からは仕事も完全に辞めて準備に専念していました。

家の引き払い

引っ越しと違い10年近く一人ぐらしをしていてたまったものを急に全て処分する、というのは相当に大変でした。(しかも今の家は2年ちょうどで住み始めた時に家具を全部買い換えました…) 2年更新から1ヶ月オーバーでしたが、ここは繁忙期が過ぎていたせいなのか、一ヶ月更新料なしで延長できないか交渉した所OKをもらえました。火災保険だけは更新が必要でした。

どうしても保存したいものは最終的には実家に預けましたが、当初は自分でどこかに預ける、という話でそれだと月額でお金も取られるし…で結構悩まされました。 最終的には思い切ってどんどん処分して保存したいものを減らし、実家に交渉して預けることができました。

また、引き払い近辺で重い家具をばらしたり運んだりを頑張りすぎて痔になりかけました。 出発したまま痔はやばそうだったのですごく慎重に作業したり妻に頼みまくったりしてなんとか悪化しないまま出発できました…。

あとは生活用品は半年分くらいは日本製で過ごせるように買ってカナダに船便(フィリピン2ヶ月あったのでちょうどよかった)でエージェント宛に送りました。(送りすぎて怒られました) 全ての品目を現状の想定価格と共にリストにする必要があり、この作業が本当に大変でした。 送料はもう日本にもおいていけないので送るしかないで思考停止して発送しましたが、4万円くらいかかりました。

税処理の代行処理

個人事業主としての税金は今後も今年度分を収める必要があり、また今年度分の税金も来年収める必要があります。そのために税務処理の代理人を立てる必要があり、親を代理人とする手続きが必要でした。 これは税務署とか県税事務局で手続きしたもののあとで(国外に出てから)修正が必要、などなど結構揉めました。役所周りが同じような海外に出るケースを担当したことがある人とない人で対応がものすごく違います。一回行ってよく分からずもう一回行くとあっさりと経験したことがある担当者に当たって解決するということが何度かありました。

出発

かなりばたばたしたままようやく出発を迎えられました。

このときは本当に家周りや手続きでばたばたしていたので出発できるという安堵感が何故かでかかったです…。 前泊で空港近くのホテルについたときにようやくあとはやるだけだ、と一息つけました。

と思っていたものの結局焦っていたんでしょうか…。翌日気に入っていたパーカーをホテルにおいてきてしまい、帰らぬ服となりました…。

5月下旬から7月下旬 フィリピン留学

少し前に書きましたが、今で言うならばフィリピン留学は最高でした。 後に書きますがカナダの語学学校は3日でやめることになり、本当に今でもフィリピン留学は最高だったと思います。 (とはいえこのフィリピンはその後の未来への計画(カナダ)に向けてある程度モチベーションがある状態で来ていて、その他に何も考える必要がない、という点で少しバイアスがかかっているような気もしますが)

ただ途中で飽きがきてだれてくる(実際にそういう人も多そうだった)ので2ヶ月から3ヶ月程度、が集中できる期間のようにも思います。

最高の勉強環境

フィリピン留学の何がよかったかというと、寮生活で3食学校が提供してくれる、部屋の掃除もスタッフが行い洗濯も自分でする必要がない、ということで家事等全般何もしなくて良いです。 なので通学時間は0分で、授業を受けている、もしくは空き時間=何か自分でできる時間だったので本当に集中して勉強していられました。 時にはダレていることもありましたが、基本的には一番勉強ができていた期間だったと思います。あとはネット環境が非常に悪い、という所も座学をやる上で良かったような気もします。

そしてこの環境がカナダの語学学校1ヶ月(学校のみ)=全部入り一ヶ月なので本当にコスパ良い…という感じです。

全てマンツーマンで選択できるコースが良い

学校やコース選択によりますが、全てマンツーマン、かつカスタマイズできるコースにすることが本当におすすめです。 授業によって聞くクラスや、読むだけのクラスがありますが、基本的にアウトプットや対話に比重をおいて、その他の不明点は自習で回収するが良さそうでした。

これだとフィリピン留学では大体最高ランクのコースですが、月15万前後でカナダでのグループレッスンかつ1日3-4hしかない学校の「学費」と同じです。

他国籍の友達ができる

寮生活というのもとても良く、学校の人とご飯時などにすれ違ったりとどこかしらで会うので結構仲良くなりやすいです。とはいえ、フィリピン留学は主にアジア圏の人しかいないのでその辺りにはなりますが。

少し国籍によるなんらかの偏見が以前はありましたが、ここで全くなくなりました。本当に良い人達に出会え、結局は個なんだなと実感しました。また、日本人であり、日本で生まれ育つということがかなり恵まれつつ、魅力的に映る世界があることを肌で実感しました。

主張しない日本人

学校は全て最高ではなく、先生の変更だったり制度的な交渉だったりと主張が必要な場面が何度かありました。ここで多国籍生徒はがんがん前のめりにいくものの、日本の大人しさは異常と映るほどで、結構衝撃を受けました。

このあたりは参考にして、溜め込まずに思ったら早めに言ってみる、というように行動を変えるようにしました。

7月下旬から8月 カナダでの生活

カナダの現実

フィリピンで英語が少し聞こえるようになってきたぞ、と思ったもののカナダの英語(ネイティブ)のスピードはまた全然違いました。入国時から全然違う…となりました。 フィリピンでの成長はカナダでの英語生活に貢献はすごいしたものの、フィリピンで少しいけるようになったぞ、と思ってもネイティブはまた別次元でした。スピードが違うのもありますが、言い回しが結構違ったりもしました。

カナダはなんとなく移民に優しい(英語にも優しい)みたいな謎の印象がありましたが、実情的には全然そんなことはなくネイティブかそのたぐいの人はすごく迷惑そうな顔をしてきてそこは一人でショックを受けていました。 逆に移民してきた第二言語として英語を学んでいる層は結構英語に対して寛容で優しい印象です。(仲良くしてくれるとは言ってない)

とはいえ、その国で生活することに敬意をはらい英語を話せるようになることが最低限の礼儀だと最近は思っていて頑張らないとと思っています。 そういう意味では英語できないけど海外行ってみた!みたいなノリはこのあたりであまり良く思わなくなりました。 実質は自身もその類ですが、英語なくてもいけるよとかは絶対口にできないくらい苦労しています。

また、バンクーバーの土地についても期待ほどよくはありませんでした。 マリファナくさかったり汚いダウンタウン…が一番ショックを受けました。また広大な自然、はシンプルに求めていなかったと気付きました。 よくわかりませんが海外で頑張る、良い都市みたいなキラキラしたふんわりした謎の高まった期待に冷めた瞬間でした。(現実を見ていなかった)

元々東京が好きではないのですが、その理由はあのつめつめ感だったのだなと思いました。 そういう意味では空間の余裕さ(道が広いとか、建物の使い方が大きいとか)はすごく良いです。ただ自然とかは別に自分の場合は求めてないのだなと思いました。

家探し

Airbnbで一週間だけ仮住まいを抑えて一週間本気で家探し、でしたが思ったより上手くいきませんでした。 特に二人向けで住む家は候補自体が少なくしんどかったです。お金で殴ることは可能そうではありましたが、大体午前に出て21時に帰るという感じで一週間探していて、足にマメができました。そして大体観光で適当にふらつくみたいなのはこの一週間で消化してしまい、その後ここに行きたいとかがなくなってしまいました。

結局は7月末に9月からの良い家を見つけて、その間の仮住まいとして別の家を一ヶ月借りました。

誰かにおすすめするならもう一ヶ月くらいどこかAirbnbでもいいけど住んでゆっくり探しなよ、です。

語学学校

カナダの語学学校はグループレッスンしか基本的にはなく、雰囲気も割とライトな感じで合わずに3日でやめました。 フィリピンではその次にほとんどの人が英語圏で生活するという人が多く、モチベーションが高めにあったのですが、カナダの場合学生的な層や富豪的な層の短期できている層が真面目にやらないのでかなり変なクラスでした。

とはいえ悲しい事実としては英語力が低いほどこの傾向が強まります。本当に海外に出て色々な生活の質は英語力で変わります。 全てにおいて英語ができないことが負のスパイラルを生み出すと思います。つらい。

また、学校に加えてエージェントにもキャンセル料がかかりつつエージェントのサービスは一切使えなくなりました。 結局なくてもなんとかなるというのと、その他フィリピン含め学校とのやり取りもその場にいても何故かエージェントを通す、みたいになってしまい個人的には必要なかったなと思いました。

病み期

この頃は学校も辞めてしまい家で勉強したり、オンライン英会話やったりして勉強していました。 そうするとカナダに来て何やってるんだろうと割と本気で病んできました。しばらくこの「カナダに来て何やってるんだろう」の気持ちは取れませんでした。

また、色々イメージと違ったなと思っていて、やっぱりポジティブな情報が目に入りやすいし、そういう人しか発信しづらい、発見されづらいんだなと思いました。特にエージェント周りの発信は色がめちゃくちゃついているなと思ってそういう系は見なくなりました。 同時にこの頃は「カナダの何が良いんだろう」とも毎日思っていました。

色々病みつつも仕事したくて来たんだからとどうにかレジュメなどを準備して応募を開始し始めました。

就活第一期

カナダでの就活はIndeedやLinkedInを主に使い、とりあえず関連していそうな職種に選り好みしつつ出しました。(20件前後?) あとはバンクーバーのslackコミュニティなどの募集から応募したりしました。反応はこちらのほうがよかったので、Indeed、Linkedinは…本物どれだけあるのだろうとか怪しんでいました(実情は知らない)

結果としては一次として電話orオンライン面接、2次の対面面接までいくつか進みましたが、最終の結果は惨敗でした。

惨敗の要因の自己分析としては一つとしてはやはり英語(とはいえ2次まではいけるのは何故とも思ったり)があり、第二に単純にスキルに対する理解度や、アルゴリズム等普段よりプログラミング領域の話でした。 アルゴリズム的な問題には全く馴染みがなく面接対策としてしばらくやっていたものの付け焼き刃の知識では中々上手くはいきませんでした。 また、多くの技術的な話に「それは何故そういうやり方をするの?」と聞かれ、時には上手く答えられませんでした。 皆こうやってるから(理由は読んだりはしつつ)、で手癖的にやっている部分があったなと思って反省しつつショックでした。(個人的に流行ってるからで何か採用するのが好きではないのもあり…)

面接対策としてはこのコースをやりましたが、コーディング問題関連と単純な質問などに対する面接対策など網羅的にカバーしており、よかったです。 ただコーディング問題の部分はこのあとにさらに演習として何かやらないとだめな気はしますが…。

この辺りはなんかこういう世界を知らずにやってきてなんか申し訳ない気持ちになりました…。CS系の人たちはみんな当然わかっていると考えると本当に申し訳ない気持ちになります。

ゲームの復活

一ヶ月の仮家の家主がコアなゲーマーでSteamの話とかが通じる人で一緒にゲームやったりしてたら上記の病み的な影響もあり、ゲーム欲望が復活してゲーミングノートを中古で買ったりしてしまいました。 流石に何やってんだろ感がすごいので最近は売ろうと思っています…。

生活

この頃はこれが家にほしい、と思っても仮住まいのため何も買うことができず結構生活面では鬱憤が溜まっていました。この時期が一番色々とストレスにまみれていたかもしれません。

9月から11月 仕事を始める

病みからの復活

本当にこの頃は引きこもり無職ニートをやっていてずっと病んでいました。「カナダにきて何をやっているんだろう」、「やはり海外で通じるとか甘えだったか…」、「日本にいたほうが楽しく楽に暮らせていたなぁ」という所が大きな所です。

病みすぎてもう「日本に帰っても良いか…」、「駄目だったらおとなしく日本に帰ろう」、と悔しい気持ちがありつつも真剣に思えてきたら、この感覚がカナダとか海外だからというマインドを消してくれ、大分自由に、強気になれるようになってきました。

どこにいっても自分は自分で、英語圏にいったからといって自分が変わることはなくて、できることは日本でも海外でも同じで、やりたいこともやりたくないことも、好きなことも嫌いなことも変わらない、と思えてきました。 そこから海外に来たらこうあろうという理想のなれない自分とか、海外にきたから海外で出来ることをやろうとか、そういうのを全部投げ捨ててやっと自分を取り戻せた気がしました。

フリーとしての受注から正社員へ

地味に就活は続けてはいたものの実らない中、家主さんが「一旦何でも良いから最初は始めることが大事だよ」、と言っていたことを思い出し、カナダ企業のスキルマッチは多分完璧だけど契約社員(フルタイムになれると記載はあったけど信用していなかった)かつ、範囲外のことはあまりやれなさそうな雰囲気があった所に応募した結果、割とすんなりと仕事が開始できることになりました。 ただ実情は契約でもなく稼働請求ベースのフリーでのお仕事でしたが、とりえあず始めようということで始めることにしました。稼働単価は特に臆せずに日本単価の参考も出しつつネゴシエーションしたものの、日本の2/3くらいになってしまいました。

ただここで一ヶ月ほど出てくる案件を地味に消化しつつ、精神も徐々に回復しつつあったので正社員の道を再度目指すことにし、 「正社員になれないんだったら別の企業をそろそろ探したいのでもしなれるのであれば検討してほしい」、と正直だめもとで聞いてみた所、雇って頂けることになりました。正社員単価はまた稼働単価より下がる金額でしたが就活に対する疲れが勝って交渉せずOKしました。 OKといったときに割とキョロっとしつつ「…」となっていたので交渉ベース単価だったかなと思うのと、やっぱり年収とやる気って少し関連があると思うので満足行く金額は一度打診するべきだったかなとちょっと後悔しています。

仕事とワークライフバランス

仕事を始めてみると特に経験のある範囲だったので日本と仕事の内容自体はそんなに変わらず思ったより刺激がないなと思いました。 しょうもない点としてフォントの自由度が英語サービスだと違うなと思いました。逆にタイムゾーンの対処が常に必要(国内でタイムゾーンが違うのとターゲットが北米、とかになるので)なのでここはあまり日本でもやっていなかったので大変ではあるものの面白いです。

驚いた点でいえば、無駄なミーティングはなく、むしろ「早くミーティング終わろ」とか普通に誰か言い出すし、集中して作業してさっさと帰る、がばりばりのスタートアップなのに普通になっていることです。稼働時間はフレックスで実稼7hで残業は30分以内(定時超えて作業きりついたら帰る)くらいがデフォルトで、帰ったあとのslackはあまり反応がないですが誰も文句もいいません。

逆に悪い所かつスタートアップらしいのは残業代はなく、必要があれば無制限に行う必要があるという所や先ほどのお金面ですかね…。(あまり発生する未来は今の所見えませんが)ここは世界どこへいっても結局いかに良い企業と巡り合いそこで働くことができるか、かなと思いました。

あとは働いている人が思ったよりやはり何かしらのバックグランドの持ち主なのか割と急に低レイヤーの話とかを普通にしてたり、言語の話とかしてもパフォーマンスのちゃんとした話(語彙力)を経験ない言語に対してしだしたりします。こういう部分はなんかこの職になる層が日本とはやっぱり違うんだなと感じつつちょっと焦りがあります。また、歓迎会っぽいのをして頂きましたが17-19時で開催されて感動しました(定時範囲内)

12月 やっと見えるようになってきたカナダ

12月はやっとフルタイムで働きつつある程度ルーチン的な生活を送るようになりました。 お金の心配もクビにならなければ大丈夫、程度にはなったのでやっと色々と見えるようになってきました。

良さ、悪さは色々あるものの、各サービス面、金銭的な面ではカナダは日本よりかなり不便ではありますが、主に気持ちの面では暮らしやすい気がしています。ので現時点ではややプラス…なのかなくらいです。

カナダの良い所

  • 生活全般として心理的安全性が高い

    • 気持ちをためずに良いことも悪いことも行動する
  • 自然が多い(個人的には特に…ですが)
  • ワークライフバランスは良さそう(ただ法律上の祝日は年11-12程度)
  • 路上禁酒で酔っぱらいが街にあまりいない
  • 夏は過ごしやすく晴れが多くめちゃくちゃ良い

カナダの悪い所

  • 「明日連絡する」的なやつは絶対に明日こない
  • 家賃が高い(東京よりやや上?)
  • ダウンタウンの一歩先はやばい地域、ホームレス多い
  • いろいろな場所でマリファナ臭い(野外でみた花火大会はずっとマリファナくさかった)
  • 外食すると高い(いわゆる居酒屋がない)
  • 物流はやはり日本より大きく劣る(日本がおかしい)
  • 冬は曇り・雨がほとんどで鬱対策が必要なレベル。

    • カナダの部屋は天井電球とかがなく間接照明が主でこれ本当になんでという感じ

微妙に関係ないですが、日本語をしゃべるカナディアン、留学系日本人を食い物にしようとする日本人がめちゃくちゃ多く壮大な闇が広がっていて、別記事で書きたいレベルでやばいです。 賃貸とかも日本人だけに貸したい層がいて、それは綺麗に使ってくれるとかは良いとしても文句を言わないから、も上位です。世界では日本人は金をまぁまぁ持っていつつあまり文句いわないやつ、なんですよね。つらい。

というところから日本語を話す人と日本人?って聞いてくる人、そもそも日本人は悲しい話ですが警戒しています。

年末に思うこと

上記色々を思っていた中こちらに中国から移住してきて7年くらい過ごしている似た業界にいる方と年末に話しました。

  • 中国からカナダに来て最初は給料ががんがんに下がったし、仕事内容も不満があった
  • その後経歴もつけたりしてその後の会社ではある満足できる環境になった
  • とはいえ、未だ中国で働くほうが仕事(お金)や生活の面ではイージー
  • ただカナダではワークライフバランスが取りやすく、こちらに住んでいて満足している

というような経緯を聞きつつ自身も似たような大事な分岐点にいる、という話をされました。

現状はどう考えても日本で生活したほうが楽なのではありますが、カナダでの生活も一段回目を超えると大分楽になる、とのことで一度そこまでは到達して判断したいなと思っています。

(今はシェアハウスなのですが、その人は普通の賃貸に住んでいて、その家もやっぱり広さとかは日本と違うなと思ってなんかまだワーホリの粋を出ていないんだなと思いショックを受けたことも大きいです。)

おわりに

一旦振り返ってちゃんと書きたいとおもいつつも、良い感じにまとめるパワーが完全にはなかったのでメモ感漂う暴れ狂う内容になってしまった…。

今年一年は冗談ではなく本当に人生の中で一番苦労したし悩んだ年でした。未だにカナダ生活を「楽しい」とは3%くらいの気持ちでしか言えません。 今年0.5歩くらいはカナダ生活に対して歩み始めたので来年はもう少し楽しめたら良いなと思います。(そもそも退場になってしまうかもしれませんが)

最後にブログについて、一気に書こうとして書ききれないし、どこで何を思ったのか正確に思い出せず大変でした。基本技術ブログ+ポートフォリオみたいなテイストを目指していたせいか、カナダ生活にまつわることや日記的な部分を自分の中で書きづらいサイトでした。 最近はそもそも技術ブログをやりたいのか、みたいな所も分からなくなってきていて「自分に素直に」、と考えるとポートフォリオとブログを分けて、ブログはただの個人日記として運用していきたいのでそのうち切り分ける予定です。

クリスマスが本丸で年始も1月2日から仕事で正月感が薄いのですが、一旦これにて年の区切りとしたいと思います。

それではみなさま良いお年を!